「遠い花火」という詩がある。『ボートを漕ぐおばさんの肖像』(1992)という詩集におさめられている。
その冒頭に
唇には歌でもいいが
こころには そうだな
爆弾の一個くらいはもっていたいな
また『萌えいづる若葉に対峙して』(1998)という詩集に「ワイキキのシューティングクラブ」という散文詩がある。その最後の方に
私は両手で銃を銃を持ち、一発々々に思いを込めて数十発撃ったが、それでもなお胸に残るうち足りない思い、あの列島での日々を思うたびにこみあげてくるもの、この思いのたるめに私はさらに新しい詩集を出そうと思った。
という一節がある。
谷川俊太郎は「辻さんの言葉を頼りに」の中で、「二〇世紀の日本という国で、穏やかな家庭生活を送りながらも<労働>と<詩>の相克を生きたわけですが、時代と社会の圧力に苦しみつつ、辻さんは個人にひそむ<業>とでもいうべきものを無視する人ではなかった、と私は思います。辻さんは趣味や、スポーツや、賭け事に気を紛らわすことのできない人でした。」あるい、「爆弾は爆発すると<ぼくがいなくなってしまう>ほど強力な爆弾です。でも爆弾を抱えて生きることが、詩の原動力にもなっていた。辻さんは実生活とバランスを取りながら、その<高貴な現実>を繊細で優雅な詩に変換していきました」と記している。
「爆弾を持つ」ことや「両手で銃を持ち、数十発撃つ」ことが、「実生活とのバランスを取りながら詩に変換していく」、ということが詩に現われた意味合いとは別の意味合いで、私にはかなり現実的な比喩である。
多分私にとってはそれらはあまりに「現実的」過ぎる比喩である。「爆弾を持つ」「銃を撃つ」という行為が、私には現実の生活ではまったく対極にあり、無関係ではあったものの、「ひょっとしたら」という時代を経て来たことが、生々しく私の頭の中をよぎる。
私にとっては極めて遠い世界であると同時に、「無関係」といってすましてしまうことなどできない時代を通り抜けてきた。
そのことをとおして私は「家族」を持ち、「職場の仲間」を持ち、そして40数年のしがらみにがんじがらめとなった人生を送ることが出来た。この「関係の絶対性」がなければ、人生のバランスは大きく対極に傾いたかもしれない。
そんな微妙な60数年の人生をどこかで揺さぶっている詩が、この詩集にはおさめられている。そんな感想を記しておきたい。