Fsの独り言・つぶやき

横浜市在住。一応理系卒。音楽・美術・文学・政治などをつぶやく。60歳定年退職。膝・腰痛で登山を65歳で断念。現在は街中ウォーキング。

嵐の前の静けさ

 明日以降、横浜でも台風と秋雨前線の活動で雨が降り続くらしい。9月に入って雨ばかりのような気がする。
 嵐の前の静けさ、本日は実に気持ちのいい秋日和。団地の南側のベランダからは雲は一つも見えない。風も柔らかく微かである。菊日和というにはまだ少し早いかもしれない。園芸店でもまだ菊は蕾であった。

★野菊まで行くに四五人斃れけり    河原枇杷男

 作者は1930年生まれというから今年88歳なのだろうか。この句、わたしよりも高齢のときの作ではないかと思っている。ネットで検索すると作者の代表句としている解説が多い。

 さてこの句、野菊の咲くところが桃源郷のような理想郷と解して、たどり着く不可能性を言及しているのだろうか。あるいは若い頃の仲間を思い出しながら青年期から回想して今年の野菊の季節までに鬼籍に入ってしまった人びとを懐かしんでいるのか。または、一年ないし数年前、一緒に野菊を見た仲間が、立て続けに数名も亡くなった悲しみを詠んでいるのか。
 そんな3つの情景を思い浮かべた。私には最後の情景が思い浮かんだ。私ももう5年前に20代の頃の懐かしい仲間と40年ぶりに再会した。その時以来3名の仲間が突然のように亡くなった。自分がもうそんな年齢になっていることに愕然とした。同時に会える時に会うことの大切さ、これからの時間の大切さを実感した。

 しかし私の受け取り方だけではなく、「斃れけり」には単なる詠嘆ではなく、「斃れ」という漢字が当てられていることに重要な意味があるとも思える。
 「斃」は「疲弊してたおれ死ぬこと」「野たれ死する」(白川静、「字統」)とある。作者はアジア太平洋戦争敗戦時には15歳、直接の戦争だけでなく空襲や敗戦間際の混乱期に無念の死を迎えた仲間、敗戦後の混乱で息絶えた仲間、などが念頭にあったのかもしれない。

 情景が読む人によってさまざまに浮かんでくる。若くして亡くなった仲間は、高齢になって野菊の咲く情景を愛おしむということができずに亡くなった。そのことに痛切な当時への批判が含まれているのかもしれない。