昨晩の雷雨はすさまじかった。今朝7時過ぎにようやく最後まで残っていた大雨注意報が解除となった。
加藤楸邨の雷や稲妻の句からいくつか。
★稲妻のきらめく畔に稲負へり (「寒雷」の「古利根抄」(1931-34))
★遠雷やみなものおもふ石仏 (「沙漠の鶴」の「大同の石仏」(1944))
★稲妻の降りそそぐ蟇うごきだす (「野哭」の「野哭抄」(1946~1947))
第1句、だいぶ近くで稲妻がきらめいたのであろう。暗くなった空のきらめいた稲妻に照らされた人は、稲の束を重い足取りで背負っているのであろうか。稲妻がきらめいているといえども刈った稲を運びきらなければならない。切羽詰まった生活の厳しい状況が映し出される。
第2句、戦争末期、土屋文明などと大本営報道部嘱託として中国に出向かされた時の句集が「沙漠の鶴」。以降も加藤楸邨はシルクロード紀行で日本と異質の気候風土の中で俳句に挑戦する。それが成功したか否か、私はわからないが、これらの紀行の作品ではあまり惹かれるものは今のところない。
しかしこの「大同の石仏」の一群は惹かれるものがある。「疲れきてすがる晩夏の仏かな」「涼しさの乳露なる女体仏」「み仏に燕(つばくろ)に戦(いくさ)いつやまむ」などの句が並ぶ。
遠雷に少し怯えながら、短い時間で石仏群を見たのであろうか。それでも石仏の表情はそれぞれに違い、何かを思っている。瞑想している。日本では小さな五百羅漢などが彫られているが、おそらく乾燥した大地の巨大な仏像なのではないか。広大な広さの中の個性的な顔が並ぶ光景を思い浮かべる。そして何を思っているのか。個の救済の瞑想なのか、「戦いつやまむ」という思いなのか。ひょっとしたら現代のように爆破されてしまう運命の仏たちだったかもしれない。
第3句、こちらはいかにも多雨な気候の世界。水をかけられ蘇生したような気分になる。稲妻の光った刹那そこに視線が集中して、一瞬でこの蟇は世界の中心に座る。雨の水を意識した蟇の生命があらたな動きで証明されるかのように足を動かす。
どこか戦後の世界の胎動を彷彿とさせるものも感じた。