昨日「桜の実」の記事をアップしたら、フェイスブックに「徒然草137段を思い出した」というコメントをもらい、びっくり。私は意識していなかったが、思い出した。
「花は盛りに、月は隈なきをのみ、見るものかは。雨に対ひて月を恋ひ、垂れこめて春の行衛知らぬも、なほ、あはれに情深し。咲きぬべきほどの梢、散り萎れたる庭などこそ、見所多けれ。歌の詞書にも、「花見にまかれりけるに、早く散り過ぎにければ」とも、「障る事ありてまからで」なども書けるは、「花を見て」と言へるに劣れる事かは。花の散り、月の傾くを慕ふ習ひはさる事なれど、殊にかたくななる人ぞ、「この枝、かの枝散りにけり。今は見所なし」などは言ふめる。万の事も、始め・終りこそをかしけれ。男女の情も、ひとへに逢ひ見るをば言ふものかは。‥」
徒然草でももっとも有名な段のひとつ。そして長い。私が高校生の頃は、どの古文の教科書でも取り上げていたと思う。私も古文の授業で暗記させられた記憶がある。
懐かしくて、本日はこの段を読み通してみた。高校を卒業してから、新潮社の日本古典集成を購入して、通読したのは2回ほど。それなりによく覚えているもので、なめらかに読めた。しかし意味が分からなくなっている箇所もあった。書き込みを見ると、最後に通読したのは29年前だからやむを得ない。
夕方の時間、この段を愉しんだ。
コメントをもらった方も、よく覚えていたものだ。教えてくれたことに感謝。